復刻！世紀末ＣＤノート（1999年版）
★これは音楽現代誌に1994年１月より連載された「世紀末ＣＤノート」のオリジナル復刻版です。
1994 / 1995 / 1996 / 1997 /
1998 / 1999
第61回「Ｊ-クラシックかＪ-クラシックスか、それが問題だ」
第62回：交響曲は、響きが交わる曲と書くのね
第63回「そう言えば…そう言う」
第64回「交響曲という名の絶望したゾウがゆく」
第65回：ブランド指向からブレンド思考へ
第66回「忘れっぽい天使の時代」
第67回：おいでませ！１９９９の年の７の月
第68回「カナリアは歌の歌い方を思い出すか？」
第69回：音楽評論家「困ったちゃん」症例
第70回「録音現場の怪談たち」
第71回「踏み外してこそ浮かぶ瀬もあれ音の道」
第72回：世紀末の賞味期限
第61回「Ｊ-クラシックかＪ-クラシックスか、それが問題だ」
最近「Ｊ-クラシック」という言葉がのしてきた。ちなみに、これはサッカーの「Ｊ-リーグ」とか和製ポップスの「Ｊ-ポップス」などと同じく、「日本製（ＪＡＰＡＮＥＳＥ）クラシック・アーティスト」の意味。
この言葉、私の記憶が正しければ発生源は渋谷のタワー・レコード。一九九五年春のオープンのころから、ここのクラシック・フロアではかつて「邦人演奏家コーナー」などと呼ばれていた日本人アーティストのＣＤを並べた一角に「Ｊ-クラシカル」という呼称を使用していた。
そして、これを二次使用した黒幕が実は私。翌九六年春にＮＨＫ-ＦＭでＣＤの新譜を紹介する「クラシック新譜情報」という番組を担当する話になった時、日本の若いアーティストたちの新譜が続々登場する時代になったという現状を広く知らしめるために「毎月一回、日本人アーティストの新譜だけを特集する〈Ｊ-クラシックを聴く〉という回を設ける」と宣言してしまったのだ。
実は、この件については最初はＮＨＫからクレームが付いた。それは「Ｊ-クラシックという言葉がまだ一般的でない」ということと「民間のレコード店が付けた呼称をＮＨＫが使用するのはいかがなものか」ということ。渋谷のＮＨＫとタワーレコードが目と鼻の先だったのも、ちょっとまずかった。でも、前者は「だからこそ一般的にするのです」後者は「じゃＪ-リーグとかＪ-ポップスはどうなんですか？」で押しきってしまった。
タワー・レコードでのオリジナルは「Ｊ-クラシカル」だったらしいのだが、「Ｊ-ポップス」というのがあるから「Ｊ-クラシックス」かなあ、ということになった。でも「Ｊ-クラシックス」か「Ｊ-クラシック」かはあいまいで、もしかしたら回によって単数形になったり複数形になったりしていたかも知れない。
それに、「Ｊ-クラシック」というのは、「邦人演奏家」とイコールなのか？ということも、ちょっと問題になった。で、これも私見を押し通してしまったのだが、「Ｊ-クラシック」というのはあくまでもここ数年の新世代日本人クラシック・アーティストを指す名称。あえて定義するなら「ＣＤによるリーダー・アルバムを出して活動している二～三十代を中心とする新しい世代の日本人クラシック・アーティスト」と言うことになる。
でも、そう定義したらしたで、じゃあ朝比奈隆や園田高弘は「Ｊ-クラシック・シニア」で、村治佳織や竹松舞は「Ｊ-クラシック・ジュニア」か？ ケント・ナガノやアキコ・マイヤーズは「ハーフ・Ｊ-クラシック」か？…などというひねくれた意見も続出。結局、新世代を中心とするものの中高年や二世アーティストから指揮者および作曲家、ついでにポップスやタンゴに至るまで、「日本」と「クラシック」のキイワードを含むＣＤ新譜がある限り除外せず、ということになった。
かくして、色々すったもんだはあったものの以後二年間にわたってＮＨＫが「Ｊ-クラシック」という呼称を連呼する次第になった。毎週金曜日の午前中というたいして聴取率の高い時間帯の番組ではなかったから、アッと言う間に一般に広まって…などということはなかったが、新聞の朝刊のラジオ番組欄に毎月一回必ず「クラシック新譜情報。Ｊ-クラシックを聴く」と出たのは大きい。一般大衆の潜在意識くらいにはかすかに刷り込まれたのではなかろうか。
続いてその年の夏には、私の「プレイアデス舞曲集」のＣＤ以来交流のあるデンオンが、自社の日本人アーティスト（有田正弘、田部京子、寺神戸亮、福田進一、加藤知子ら）のアルバムから聴きどころを集めた「Ｊ-クラシック・オン・ＤＥＮＯＮ」を発表。（ちなみにこのＣＤ、日本語タイトルが「Ｊ-クラシック」だが、英文では「Ｊ-ＣＬＡＳＳＩＣＳ」と表記されている）。
以後、毎年春には自社のアーティストを集めて「Ｊ-クラシックス・フェスティバル」というガラ・コンサートも開催しているから、ついでにＣＤの帯にある「器楽」とかの分類名も「Ｊ-クラシック」にしたら面白いのに、と思うほど。
そして最近では、「Ｊ-クラシック主義！」という、新世代日本人アーティストを特集したＭＯＯＫ本まで出て、日本のクラシック界における新世代の台頭は本物になっているのだなあと実感する。それは音楽的レベルがどうのという話ではなく、日本の聴き手がようやく「自分たちのアーティスト」を持ったということ。そのことこそが重要なのだ。
アイドルでも実力派でもマニア向けでもビジュアル系でも何でもいい、自分たちで自分たちの音楽家を育てて初めて、借り物でない自分たちの音楽文化が生まれる。
今ようやく日本のクラシック音楽界は、新しいコーナーにさしかかったのだ。
＊
◆村治佳織「カヴァティーナ」（ビクター・エンタテインメント）
そんなＪ-クラシック界のアイドル系ナンバー１である村治佳織嬢は、もう二十歳になったそうだから天才「少女」ギタリストと言っては申し訳ないのだろうなあ。中学生ですと言われても信じてしまいそうな小柄な身体ながら、どうしてあんなクッキリした音楽が出て来るのか不思議な逸材。最新録音のこの一枚も、彼女が単なるアイドル人気のアーティストでなく、傑出した一人のギタリストに育ちつつあることを証明している。
今年の秋に師の福田進一氏のレコーディングを静岡までのぞきに来た時に話したところ、素顔はロックも歌も大好きなチャキチャキの江戸っ子。思わず「黒の革ジャン着せてハード・ロック歌わせたいなあ。ほら、スージー・クアトロっていたでしょ。あんな感じで」…とプロデューサー氏と盛り上がったのだが、さて佳織嬢の運命やいかに！
◆加藤知子＆フッソング「グラン・タンゴ」（デンオン）
最近ムストネンがバッハの平均率クラヴィア曲集とショスタコーヴィチの前奏曲とフーガを組み合わせた不思議なアルバムで話題になったが、これもバッハのソナタとピアソラのタンゴを組み合わせた不思議なアルバム。しかもヴァイオリン（加藤知子）とアコーデオン（フッソング）というデュオがなかなか絶妙の雰囲気である。
それにしても、世紀末クラシック音楽界へのピアソラの乱入は、「プロデュース自由」と「アレンジ自由」という爆弾を投下した点で特筆大書されるべきだ。ギターでもヴァイオリンでもチェロでもサックスでもピアソラが出来るという恐るべき現状は、「プロデュース」と「アレンジメント」こそが次世紀を生き抜く「鍵」になるということの聖なる予言なのだから。
出でよ、有能な「Ｊ-プロデューサー」！
第62回：交響曲は、響きが交わる曲と書くのね
シャンドスにおける３枚目のＣＤのレコーディングにイギリスへ出かけた。
今回は、新作で書き下ろしの交響曲第３番とサイバーバード協奏曲（サクソフォン協奏曲）のカップリング。なにしろ四十五分近い巨大なシンフォニーの世界初演と初録音を兼ねてのセッションなので、ストレス甚大。それに、今度の交響曲は冗談一切なし。四十男が本気で全身全霊ぶつけた妥協なしの産物。怖いぞ。うかつに寄るとケガするぞ。
それでも、マンチェスターＢＢＣの録音スタジオには、指揮の藤岡幸夫氏と独奏者の須川展也氏のほか、ジャパンアーツで私と藤岡氏担当の大沼千秋さん、音楽ジャーナリストの片桐卓也氏、須川君の担当音楽事務所社長など、今回は日本勢がぞろぞろいたので、いくぶん楽は楽。なにしろイギリス訪問はもう６回目になるのにどんどん英語がしゃべれなくなるので、英語の洪水の中にいるのはしんどいのだ。で、私としてはひたすら苦虫かみつぶして座っていて、後半は怒りまくっていたような気がする。
録音プロデューサーは、シャンドスの社長ラルフと、ＢＢＣのトップであるブライアンという双頭の布陣。広々としたスタジオ７には三管フル編成のＢＢＣフィルが鎮座し、いよいよ録音セッション開始。
まずはサイバーバード協奏曲。須川氏はリハーサル前日からマンチェスター入りして、スタジオにこもってテンションを高めていたらしく気合い充分。サクソフォン持ってニコニコしている小柄な日本人…という程度の認識で彼を見ていたオーケストラが、彼が音を出した瞬間からガラッと目の色が変わるのが分かる。
この曲、九六年にもイギリスで録音していて、前回はフィルハーモニア管弦楽団。こちらはロンドン風にいくぶん上品な仕上がりだったのに対して、今回のＢＢＣフィルはかなりエネルギッシュ。ピアノとパーカッションの二人（なぜか二人とも名前がポール）も、図形楽譜ありアドリブありのセッションに大ノリで、疾走し咆哮する須川氏のサックスに付けてくる。
かくして、個人的に「二十世紀後半最大のコンチェルト」と自負するこの作品は成功裏に録音を完了する。矢でも鉄砲でも持ってこい！の凄まじいフィナーレが轟音とともに終結すると、オーケストラは大拍手で独奏者を讚え、須川クンもニッコニコである。が、考えてみれば新作の交響曲はコイツと張り合わなければならないのだった。ここで、ストレス。苦虫が３ダースほど団体で攻めてくる。
そして、交響曲のセッションが始まる。第１楽章はノンストップのアレグロでほとんど息つく暇のない凄まじいエネルギーの奔流。藤岡くんもオーケストラも汗だくになって疾走する。なにしろ「運命」の３倍くらいのテンションを要求するトンでもない曲なのだ。ここしばらく休みがなくて疲労の極致のオーケストラも、ダウン寸前になりながら凄まじい熱気で付いてくる。第一日目はここまで。
続いて第二日目に後半の第２楽章。アフリカの民族音楽からジャズやロックまでのリズムが錯綜する万華鏡のようなスケルツォ。第３楽章は２本のチェロによる悲歌を核にした仮面劇のようなアダージョ。おとなしそうに見えて、いずれもかなりの暗いテンションを要求するので演奏家は息が抜けない。
そしてトドメの第４楽章は、協和音が閃光のように轟く歯止めなしのフィナーレ。これもテンションがまったく下がらないリズムの奔流。指揮者とオーケストラが安全運転で乗り切ろうとするたびに、作曲者はほとんどクロサワ天皇と化して「ノー！」と吠える。ニコニコと上機嫌で録音していたラルフやブライアンもシュンとなり、作曲者だけが「こんな演奏で売り物になるか！」とわめいてダメを出す。怒らせると怖いね、この人。
最後は、藤岡くんが「これで本当に本当に最後。絶対止めないしやり直さないから、キレた演奏をしてくれ！」と懇願して最後のテイク。凄まじい演奏に仕上がった。
結局のところ、この曲は私が十五歳くらいの時にベートーヴェンやチャイコフスキーを聴いて「こういう曲が書きたいッ！」と思ったあの頃の熱気をそのまま何の歯止めもかけずに全開にした代物。あれから現代音楽や無調やアヴァンギャルドやポスト・モダンなどなど様々な潮流が世界を横切ったけれど、この曲には微塵も「現代音楽」と言うインチキ商法に関る「知性の歯止め」や「新奇さ」はない。あるのは、ただリズムとハーモニーをまき散らしながらエネルギー全開で疾走し、協和音とフォルテとを叩き出しながら凛と屹立する「音楽」だけだ。
誰か、もしこの交響曲よりテンションの高い交響曲があったら教えて欲しい。私は知らないのだ。
＊
◆福田進一＆フェルナンデス「アトム・ハーツ・クラブ・デュオ」（デンオン）しかし、テンションの高さという点で負けていないのが、福田進一＆フェルナンデスという名人二人によるギター・デュオに提供した「アトム・ハーツ・クラブ・デュオ」という曲。これも全然知性の歯止めがかかってないなあ。最近キレてるのかしらん。
このアルバム自体は、ハイドンからロッシーニを経てアルベニスやロドリーゴに至り、最後にタケミツとヨシマツに抜けるギター・デュオ総俯瞰（総スカンではなく）なのだが、アクセル全開でノリまくるこの二人に十万馬力の「アトム」を与えたのは、連続強姦魔にバイアグラ与えたようなものかも。「コバルト」くらいにしておけばよかったか？
◆ＫＵＲＯＳＡＷＡ（ファンハウス）
交響曲第３番を指揮するフジオカくんを見ていたら、映画「七人の侍」の中で三船敏郎が演じていた菊千代というキャラクターを思い出した。野武士の群れが村を攻めてくる最後のシーン、屋根の上で跳びはねながら「来やがった、来やがったッ！」と叫ぶ彼が、そっくりなのだ。
それに、昨年亡くなった黒澤明がこの「七人の侍」を撮ったのがちょうど今の私の歳。だから、その没年に書き上げた第３番には、ちょっぴりクロサワの影がある（かも知れない）。「隠し砦の三悪人」や「用心棒」そして「椿三十郎」あたりは、それはもう何回見たか知れないが、重厚なるエンターテインメントこそが「芸術」であるという彼の視点は、まさに「交響曲」の風格だった。
このアルバムは、日本が戦後再興のエネルギーを全開にしていたころ生み落とされた「七人の侍」から「夢」まで十六編のクロサワ映画の音楽の聞き所を見事に並べた一枚。聴いていると、日本が生んだ最高の創造者のひとりのパワーと夢とをひしひしと感じる。
第63回「そう言えば…そう言う」
そう言えば、もう一九九九年なのだった。「世紀末」という言葉の賞味期限も一年を切り、コンピュータの「二○○○年問題」や、ノストラダムスの「一九九九年の七の月」予言も執行猶予が切れ始めた。
今までは「二十世紀音楽」とくくっていればよかった現代音楽も、いまだに無調に凝り固まっている一派がいる反面、勝手にロマン派したり多様化したりポップ化したりミニマルしたりとバラバラに遊離し始めたし、突然タンゴが浮上してきたりロックと融合を始めたりと、一寸先が読めない。気がついたら当の作曲家も評論家先生たちも全員おいてけぼりくらって、誰も付いて来られないというのが現状と言うべきだろう。
なにしろ人類すべてが国籍不明で雑種の小市民と化してゆく現在、「絶滅」という以外の世界を貫く思想などありっこない。しかもそれを、何でも面白けりゃいいだろうというスカタンな連中が（私も立派にその一人なのだが）同時多発ゲリラよろしくかき回しているわけで、二十一世紀音楽の行く末を考えると思わず冷や汗タラリだ。
しかし、これだけは言える。「音楽は、音楽でなければ音楽ではない」。さて、二十一世紀の運命やいかに！（そうそう、この連載も名前変えなくちゃ）
＊
そう言えば、そんな世紀末に現代音楽撲滅運動などというのをやっているくせに、「私ァ現代音楽って全然分からんのですよ。一体どうしてあんな耳障りな音楽を書くのか、まったく謎ですな～」などと言われると、ちょっとカチンと来るのはなぜだろう。
先日もポピュラー系の音楽プロデューサー氏にそうツッ込まれ、思わず「音楽をどこまで美しく創れるか、というのは普通の発想。でも、音楽をどこまで壊せるか、という逆の視点によるアプローチもあるわけで、あれはあれで立派に音楽を極める行為なんですよ」という詭弁を持ち出したら、「そうか！そうだったんですか！いやあ、目からウロコが落ちた思いです。これからは現代音楽も聴いてみます！」と妙に納得されてしまった。
聴かんでいいぞ、聴かんで！
＊
そう言えば、最近ヨーロッパの日本大使館にお勤めの方にも「海外の人に邦楽だけでなく〈現代の日本の音楽〉をお聴かせしたいのですけど…」と言われた。
で、Ｊ-クラシック系の若手演奏家たちのＣＤを何枚か推薦したのだが、「ヨーロッパのクラシック音楽をただ日本人が弾いている…というだけではあちらの方は興味を示しませんので…」と、やんわり断られてしまった。
ただ弾いてるだけではダメ…？ それじゃあ、男は力士姿か鎧兜、女は十二単か文金高島田でタケミツを弾くか？（もちろんヨシマツでもいいのだが…）
＊
そう言えば、そのＪ-クラシック系プレイヤーの筆頭である須川展也クンのために書いたサイバーバード協奏曲を「名古屋初演」するというので先日名古屋まで出かけた。指揮は例によってマエストロ・フジオカ。ところが、なんとイギリスでＣＤ録音を済ませたばかりで熟知しているはずのこの曲を、マエストロどういうわけかちょっぴり振り間違えた。
最近の指揮者はとにかくテクニックだけは水準をキープしているから、そういう場面にはついぞお目にかからない。でも、そうそう、昔私のファゴット協奏曲を東京初演してもらった山田一雄先生にやられたことがある。ヤマカズ先生、「ボク、変拍子は苦手だから…」というので独奏者の馬込勇サンと二人して「先生、ここはこう振ってください。で、ここはこう…」と指揮の仕方を教えた（今から思えば冷や汗ものだが…）にもかかわらず、本番でその変拍子を無事振り終えてシンプルな三拍子になったところでコンサート・マスターに「今、どこ？」とご質問（重ねて言うが、本番中、である）。ＣＤのライヴ録音セッションを組んでいたスタッフ一同が「だあぁ！」とコケたのは言うまでもない。
で、最近はマエストロ・フジオカのことをこの敬愛すべき伝説的大指揮者であり大恩人（私のデビュー作である「朱鷺によせる哀歌」もこの大指揮者の手によって初演された）の名をひそかに襲名させて「二代目山田一雄」（ヤマカズ・ジュニア）と呼んでいる。
（ヤマカズ先生ごめんなさい！）
＊
そう言えば、その名古屋でのコンサートの後、名物の「ひつまぶし」というのを食べた。
今までず～っと「ひまつぶし」だとばかり思い込んでいて、その奇妙な語源の謎に迫ろうと思っていたのだが、何のことはない、ご飯を入れた「お櫃（ひつ）」に鰻を「まぶす」から「ひつまぶし」なんだそうだ。金田一くん、謎はすべて解けたッ！
＊
◆プーランク／管弦楽・協奏作品集：デュトワ指揮フィルハーモニアほか（ロンドン）
◆プーランク／ピアノ・ソロ作品集：パスカル・ロジェ（ロンドン）
そう言えば、高校生のころ、夏のキャンプの余興で友人たちと謎めいた寸劇のようなものをやったことがある。音楽担当だった私はホールにあった古いアップライトのピアノを弾いて即興の伴奏音楽をつけたのだが、それを聴いたお医者先生がニコニコとひとこと。「きみのピアノを聴いていたら、むかし見たプーランクのバレエを思い出したよ」。
今考えてみると、どこかでプーランクのバレエを見たことがある、ということ自体たいした音楽通でありインテリである。でも、そのころやっとチャイコフスキーやシベリウスあたりを聴き始めたばかりのクラシック初心者の私としては、プーランクなんて名前は聞いたこともなかったのだ。
で、「俺の音楽に似ているというプーランクとは何者だ？」（逆だ、逆！）とレコードをあさり始め、ようやく「牝鹿」とか「オーバード」とか「２台のピアノのための協奏曲」などに出会ったわけなのだが、今回はそんなフランス近代の作曲家プーランクの生誕百年を記念しての全集をご紹介。
一九九九年が生誕百周年ということは、その生涯が丸々二十世紀というわけになるが、無調で前衛で真面目で難解なほど現代音楽であるという公式から言うと、彼ほど二流で尻の軽い音楽はない。しかし、きれいで面白ければ音楽であるという定理から言うと、プーランクの軽やかでお洒落でポップなセンスに満ちあふれた作品たちはきらめく宝石のような輝きを持っている。
そんなお気楽なライト感覚に満ちたその音楽を聴いていたら、う～ん、確かに自分の音楽をチョット思い出すなあ…。
先生、ご慧眼ッ！
第64回「交響曲という名の絶望したゾウがゆく」
イギリスに送る私の交響曲第３番の曲目解説に「第２番の直後に構想していた交響曲は、現代の日本で交響曲を発表するということの絶望的な状況のため破棄した」と書いたら、「絶望的な状況とはどういうことなのだ？説明してくれ」という問い合わせが来た。
それで逆に驚いた。そもそも交響曲を書くのに絶望的でなかった時代ってあったのだろうか。交響曲を書き初演するというのはどんな時代どんな国でも「絶望的な壁を乗り越える作業」であることは、音楽をやっているものなら説明不要。だからこそ九つも書いて死んでいった阿呆、もとい巨匠たちが尊敬を受けているんだとばかり思っていたのに。
と言ったら、マネージャー嬢に「でもセンセは、そう言いながらもう３ツも書いてるわけだしィ」と突っ込まれた。
「ウン、それはね。日本では現代のオーケストラ曲っていうのはコンサートの冒頭にやる十分か十五分くらいの短い曲に限り許容されてるというのが現状なわけ。〈現代物にも理解を示しています〉という表向きと〈現代物なんか聴きたくない〉という本音とに挟まれたギリギリの妥協点がこの〈一曲目〉という月曜日の燃えないゴミ・ポジション。お客はちょっと遅れてくれば聴かなくてすむから、迷惑も最小限で食い止まるしね」
「ふんふん」
「で、新作の委嘱も当然ながらこの条件に見合うものに限定される。作曲家の方も、この隔離された〈檻〉で保護されながらそこそこ愛想を振りまいている限りは、動物園のゾウみたいにそこそこエサもらって生活できる。おかげでタケミツさんも一生〈十分か十五分くらいの曲〉の量産で終わってしまったほどこの規制枠は強力。だから、この檻を抜け出してコンサートを事実上制圧する〈交響曲〉を書くということは、ゾウが動物園を飛びだして自己主張するようなもの。ほとんどは野垂れ死にするか、射殺される。無事野性に帰ったゾウが何匹くらいいると思う？」
「そのあたりは、ベートーヴェン先生が動物園、もとい貴族の庇護から逃げ出した頃から状況が変わってないわけですか。でも、じゃあ、センセの最初の２つの交響曲はどうしたんですか？」
「いい所に気がついたね。あれは両方〈十五分かせいぜい二十分くらいの曲〉という依頼だったのに、ちょっと長くなっちゃいましたァ…とごまかして無理やり四十分の曲をコンサートに押し込んじゃったんだよ」
「そりゃまたアコギな！」
「ところが、仏の顔も三度というか、その手は桑名の焼きハマグリというか、さすがに三度目は効かないんだな、これが」
「当たり前じゃないですか！」
それでも、私の新作交響曲を今回録音初演したイギリス側から言わせれば、「ほら、いくら交響曲を書いても大丈夫ですよ。絶望的状況なんかじゃないじゃないですか」と言うことなのらしい。
うーん。今の私にとっての絶望的な状況は、むしろ音楽界ではなく仕事場にしている賃貸マンションが、あまりの古さに全館改装工事を始めてしまったことだろうか。
なにしろ、こうして原稿を書いている今、わが部屋は足場を組まれて９階まですっぽりネットを張られ、窓も開けられないので光が入ってこないうえ、朝九時から夕方五時までどこかでドリルの唸る音かカナヅチで叩く音が響いているという有り様なのである。
おかげで最近は、耳をスッポリ覆う完全防音ヘッドホンで音楽ガンガン鳴らしながら仕事しているか、外に逃げ出しているかの二つに一つ。電話が鳴ろうが玄関に誰か来ようが火災警報が鳴ろうが分からないので、ただ今音信不通状態（もうしばらくこの状態が続きますのでよろしく）。
しかし、迫り来るナチス・ドイツ軍の砲声を聞きながら交響曲を書いた大先輩もいるわけだから、この程度の絶望的状況はまだまだ甘い。（実際、私もヘッドホンでハードロックかけながらヴァイオリン協奏曲のスケッチを書いている。ずいぶん打たれ強くなったものだ。それとも、パンチ・ドランカーか？）
もちろん工事の人たちは仕事でやっているわけだし、それなりに住民には気を使っているようなのだが、騒音というのは気がねしようが悪意でやろうが区別なしに耳を襲う。おかげで殺意というのがなんとなく分かるようになってきた。もし実弾を装填してある機関銃が押し入れにあったら撃ってしまうだろうなあ。いやあ、なくてよかった。（あるか、そんなもん！）
＊
◆マニャール：交響曲第４番／プラッソン
それでも、聞いたこともない作曲家の聴いたこともない交響曲が素敵だと嬉しくなる。
アルベリック・マニャールというのは、シベリウスやニールセンと同い年のフランスの作曲家だが（ということはドビュッシーより３つほど若い）、作曲家事典にはまず載っていない。四十九年の生涯で交響曲を４つほど書いているが、第一次世界大戦で家に侵入してきたドイツ軍に発砲したため、家に火をつけられて楽譜も何もかも焼かれてしまったという絶望の人。（不幸なことに、彼の場合は銃が押し入れにあったのらしい）
今回プラッソンの指揮で全４曲が登場したが、いずれもブルックナーを近代フランス化したような自然美あふれる作風の交響曲で、中では第３番が伸び伸びした美しさをたたえる名作。一番新しい第４番も一九一四年の作で無調音楽に毒されていない「音楽の美しさ」で貫かれていて瑞々しい。フランスの交響曲としてはフランクの次に位置する力作だ。
◆ランデヴー・ウィズ・コルンゴルト／オッターほか
もう一人、二十世紀前半に現代音楽の毒牙の外で作曲をしていたエーリヒ・コルンゴルトも、長らくクラシック音楽界では忘れられていた絶望の人。しかし、最近では交響曲やオペラもＣＤで聴けるようになってきたので、ファンもかなり増えてきているはず。
彼はそもそもハリウッド映画音楽の創始者の一人でもあるので、文字通り「映画音楽みたい」な作風と言えば言えるのだが、無調音楽の敗退が決定的となったクラシック創作界としては、二十世紀音楽の貴重な戦力だったと賞するべきだろう。
このアルバムはオッター歌うところの彼の歌曲がメインだが、一緒に録音されている「ピアノ五重奏曲」と「左手のためのピアノ四重奏組曲」という２つの室内楽曲が意外な掘り出し物で、まさに「映画音楽みたいな」チャーミングさ。こういうのがまだまだ埋もれてるのだとしたら二十世紀のクラシック音楽も捨てたもんじゃない。
第65回：ブランド指向からブレンド思考へ
最近、音楽好きでバンドをやっているという中学生の男の子と話していて、ビートルズどころか八○年代のテクノまで彼の中では「昔の音楽」であることに気付かされた。
なにしろ生まれた時からＣＤがあって、ＬＰなんか見たことも聞いたこともない世代。私にとって太平洋戦争や関ヶ原の合戦が「昔の話」であるように、彼にとっては「クラシック音楽」や「前衛音楽」どころか、「ディスコ・ミュージック」から「八○年代ポップス」までまったく同じ「はるか昔の音楽」だと言うのだからたまらない。
そのくせ、ギターとかサクソフォンなんかを「全然電気を使わないで鳴るのがカッコいい」と新しがる。チェロを見せれば、「へえ。どこにもスイッチがないんですね～」と驚くし、オーケストラを聴かせたら「こんなに大勢いて電気代ゼロなんですか。スゴイなァ～」と妙な所に感心する。
こういう世代のコは、そもそも尺八や琵琶などを自分の国の音楽として認識してるのか知らん、と思って聞いてみると、「あ、聴いたコトありますよ。〈ルパン三世〉で五右衛門が出てくる時のＳＥでしょ」と言う。
確かに、私も邦楽器は尺八から雅楽までいろいろ曲を書いているものの、作曲家として曲を委嘱されるまで尺八以外は実物を見たことなどなかったのだから、人のことは言えない。それどころか、今はオーケストラの作曲家なんてやっているが、実を言うと高校に上がるまでファゴットやホルンどころかヴァイオリンもチェロも見たことなかったのだ。いや、本当の話。
ただ、こうなると作曲家たちが共通言語だと信じている「郷愁の場面にはハーモニカ」とか「日本風なら尺八や琴」あるいは「皇室ならバロック音楽」とか「現代ならロック音楽」などという「世代の記憶に結びついている音楽の定型」というのはそのうちまったく通用しなくなってゆくのは確実のようだ。
大体コンピュータが描き出す映像や音楽がここまで滑らかになってくると、「機械」と「人間」を真っ向から対立するものとして捉える世代すらいなくなる可能性もあるし、既に川のせせらぎや鳥の鳴き声などを生で聴いたことがない世代が親になり、テレビ・ゲームのピコピコ音を子守歌にして育った世代が大きくなっているのだ。「心地よい音」とか「不快な音」というのも人類共通のものでなくなりつつあると思って間違いない。
となると、こういう時代に「新しい」という言葉を使うのは実に難しい。前述の中学生のカレの例をあげるまでもなく、「新しい」というのは「知らない」に等しいからだ。
エレキびたりのポップス界でただのギターの弾き語りが「アンプラグド」などと呼ばれて新しがられたのはつい最近の話だし、逆にしばらく前に未来派音楽として最先端だったテクノが、二十一世紀目前の今ではレトロとして懐かしがられている。二十世紀のヨーロッパではアジアやアフリカ古来のビートが「新しい」とされてジャズやロックが生まれ、バブル期の日本では天井からシャンデリアぶらさげて聴く十九世紀のオペラや年代物の骨董ワインが「新しい」文化としてもてはやされた。そうそう、六十年代に最前衛だった作曲家が雅楽や能を「新しい」と言ったこと、まだ憶えてます？
そもそも「新しさを狙ったものほど古くなるのが早い」というのは不変の定理。流行の最先端のファッションや、新発売の新商品といったものほど、月日が経って見ると色あせて来るものはない。なにしろ新発売とは、「新しい！」と叫んで相手が目をパチクリさせている間に稼ぐ詐欺商法なのだから。
それに加えて、全力で「伝統」を死守する「体制」が消滅し、「保守」と「革新」すらもはや死語と化しているのだからたまらない。現代音楽は時代の最先端を行くどころか「六十年代レトロ音楽」をやっているにすぎないし、バッハ以前の古楽やタンゴなんかが逆に最新鋭の思考で突っ走っている。こうなると「新しい」などという言葉を使う人を見ると、その使用法に疑問を抱くより、その人の思考法について心配になってくる。
結局、「新しい」ということにしがみつく「ブランド指向」は二十世紀という時代が生んだ一種の「思考の錯覚」だったということなのだろう。歴史は直線として延びているのではなく、二重らせんの形をしてうねっているのだ。だから、自己の内面にある不変性と人類の共通性を探る「普遍」への「ブレンド思考」しか未来は担えない。
＊
◆冨田勲／源氏物語交響絵巻（パイオニアＬＤＣ）
だからだろうか、一九六○年代末にタケミツさんが「ノヴェンバー・ステップス」で邦楽器とオーケストラとを組み合わせた時、東洋と西洋とを「ブレンドさせる」より「対峙させる」ことにこだわった「新しさ」はもう現在では通用しない。それは「新しさ」ゆえに一瞬しか存在しえず、アッと言う間に神話化されて「ひとつのサンプル」としてホルマリン漬けにされてしまうからだ。
一方、タケミツさんの曲とほぼ同じ時期に大河ドラマ「天と地と」のタイトル・テーマで琵琶とオーケストラの見事なブレンドを聴かせた冨田勲氏は、九○年代末に書かれたこの「源氏物語交響絵巻」でも、新しいとか古いとか言うこだわりなどなしに、邦楽器（笛、琵琶、笙、篳篥、箏）とオーケストラとを見事に「ブレンド」させて聴かせてみせる。
シンセサイザーも日本の古楽器もオーケストラも同じ「サウンド素材」と捉える職人気質が、新しくも古くもない全九章の心地よい異世界を紡ぐ。
◆フロム・エイジア／東儀秀樹（東芝ＥＭＩ）
若い世代の東儀秀樹氏も、東洋と西洋どころかアコースティックとエレクトリックすら同じ地平に浮遊させる感性で、日本最古の楽器である「篳篥（ひちりき）」を、現代のデジタル・ビートやシンセサイザーや手弾きのピアノとブレンドさせてしまう。
その世界は、グレゴリオ聖歌をデジタル・ビートとブレンドさせて大ヒットした「エニグマ」や各種民族音楽をブレンドさせた「ディープ・フォレスト」から、最近アジア系音楽を基盤にしたヒーリング・ミュージックを標榜している「パシフィック・ムーン」レーベルに至るまで、同じ「共通の音楽的文法」を感じる。
この種の音楽、今は「ヒーリング・ミュージック」などと言って括られているが、ちょっと違う。ビートの質を極力ソフトにした「パーソナル・エスニック・ブレンド」なのだ。これを何と呼ぼう？
第66回「忘れっぽい天使の時代」
最近、リストラくらって失業中という知り合いの元バブル系会社員に「作曲家はいいよなあ、一人で自由に曲書いて生活できて。いやあ、うらやましい」と言われて、思わず逆上してしまった。
「こら待て。バブルのころはさんざんおいしい汁吸って、大樹の影で長いものに巻かれて、マンションや外車やブランド品を買いまくって海外を遊び回って、おまけに文化や教育はほったらかしで無意味にバカでかいビルやマンションやホールばっかりぼこぼこ建てて、くだらないイベントやフェスティヴァルに莫大な金浪費したうえに川や海や山は壊すだけ壊しやがって。そのツケが回ってきて落ち目になったからって、同情してくれだなんて言わせないぞ！
俺なんか爪に灯をともすようにコツコツと苦節二十年、女房も子供も家もなしでようやく自分一人だけは何とか食えるくらいの収入になるのに、一体どれだけ苦労したと思ってるんだッ！ ぜいぜいぜい…」
いや、そんな私怨はともかくとして、そうね、作曲で食べて行くのは簡単ですとも。二十年間ほど毎日毎日コツコツと作曲だけしていれば何とかなるでしょうよ。もっとも、その間まったく食べられないことを覚悟しなきゃならないですけどね。
なにしろ音楽は天から降ってくるわけではないので育てなくちゃならない。例えば米は種モミを植えてすぐ食べられるわけではなくて、春から秋まで丸々半年待たなくちゃならないのです。桃栗なら三年、柿なら八年。しかも、その間に無遠慮で無神経な批評家という名のカラスやスズメが突きに来るから、それを追い払うのがまた一苦労。で、ちょっと気を抜くと途中で折れたり曲がったり腐ったり枯れたりする。
そのあげく収穫は小さな実が一個なんてことだってある。そのうえ年貢米を取られたりしたら泣くに泣けない。そんな苦労を十数年続けてようやく収穫分で食べられるようになったら、それはもう大成功の部類。中には死んで五十年ほど経ってから実がなって全部ただ取りされる悲惨な例もある。これが「自由」だ。さあ、殺せ！
「う～ん。聞いてみると最悪の低金利市場だなあ。よくやってるね、そんな商売」
「おまえにだけは言われたくないね！」
でも確かに若いころは金がなかった。（今でもないが）。大学をやめて作曲一本に絞ったのが十九の頃で、収入というとわずかなアレンジの仕事以外はせいぜい配達とか警備とかのアルバイト。確定申告をしに行くと「年収がこんな低い金額なら申告しないでもいいんですよ」と言われ、悔しくて収入を水増ししてなんとか税金を払っていた。年収が十万円を越えるのに七年かかった。お金が入れば全部スコアとＬＰと本を買ってしまうので残金ゼロ。当然ながら、外食どころか衣類すら買ったことがなかった。
それでも、家は東京だったし三畳一間の部屋にこもっている限り生活費ゼロで作曲の勉強だけは出来たから、それだけは恵まれていた。で、とにかく必要のないかぎり外には一歩も出ないで毎日毎日スコア読んで本を読んでＬＰを聴いて作曲し音符を書いていた。人と会って話すのが何ヶ月ぶりだったりしたこともある。まるで座敷牢のようだった。それだけで二十代の十年間は過ぎていった。
その間、色々な作曲コンクールに二十回近く応募して全部はねられた。大学をやめた十九の時から松村禎三氏のところに出入りするようになっていたが、和声と対位法を習うよう言われて先生を紹介されたのにレッスン代が払えなくて黙ってやめてしまった。
まあ、確かに意固地で可愛くない青年だったに違いない。独学に固執していて人の言うことは聞かなかったし、一人で本かスコア読んでるのが一番という人嫌いでもあった。
それにしても丸七年間ほど、毎日毎日作曲していたのに、ただの一曲も演奏されないというのは凄かった。寡作だったわけではない。ピアノ曲だの室内楽曲だのオーケストラ曲だの合唱曲だのを次々と書いていて、それをコンクールに応募したり演奏家に送り付けたり賞に応募したりしていたのだ。にもかかわらず全く一度もひっかからなかった。こうなるとこれはもうそういう才能だとしか考え様がないではないか。
私のトコトンひねくれた可愛くない性格はこの時期に形成されたと見て間違いないだろう。
＊
◆忘れっぽい天使／崎元譲（カメラータ・トウキョウ）などという悪夢を思い出してしまったのも、私がうんと若いころ書いた初期作品が収録されたＣＤ二枚がリリースされたのが原因。そこでその二枚をここにご紹介しよう。
最初の一枚は崎元譲さんとのコンビで生まれた私のハーモニカの作品集。クレーのペン画にちなむタイトル曲「忘れっぽい天使」は忘れもしない私のデビュー曲で、一九七八年二十五歳の時の作品。原田力男さんという、今は亡き不思議なプロデューサー氏に導かれて作ったもので、「忘れっぽい天使」というのは、人を生かしておいてそのことをすっかり忘れている天使のこと。
実際のところ、そのころは「天からすっかり存在を忘れられている気分」で、「孤独」と「貧乏」と「不遇」がフル装備の音楽貧乏のドン底にいたのだっけ。人間はあまりにも思い出したくないことがあると自分で記憶を封印してしまうそうだが、私も長いことあのころのことは記憶喪失状態にあった。最近ようやくボチボチと思い出しつつあるところへこのＣＤ。おかげで懐かしくもほろ苦い思い出がよみがえって来た。
◆ミュージック・イン・スタイル（ビクター・エンタテインメント）もう一枚は、ピアニストの岩崎淑さんが一九八一年から八八年までの間に「ミュージック・イン・スタイル」という室内楽コンサートのシリーズで生み落とした委嘱作品７曲を集めたアルバム。私の曲のほか、西村朗、藤田正典、近藤譲、毛利蔵人、松平頼暁、北爪道夫という錚々たる作曲家たちの不思議な編成による委嘱作品たちが収められている。
私は八三年に２台のピアノと２本のチェロとホルンという世にも奇妙な注文を受けて「虹色ぷりずむ」という曲を書いたのだが、これは忘れもしない三十歳にして生まれて始めて「委嘱料」というのをちゃんともらって書いた作品。当時は月３～４万円くらいで生活していたので、二十万円ほどの委嘱料を手に「これで半年暮らせる！」と叫んで西村朗氏に呆れられたっけ。これも懐かしくもほろ苦い思い出がよみがえる。
第67回：おいでませ！１９９９の年の７の月
最近「作曲というのは一体どうやってするんですか？」とひさしぶりに聞かれて、ひさしぶりに困惑してしまった。
そう言えばひさしく「どうやって作曲するか？」などということを考えたことがない。いや、そもそも作曲とは、何も考えないからこそ出来るのであって、「さてどうやって作曲するべきか？」などと改めて考え出したら途端に出来なくなってしまうものなのだ。若者よ。
よくある例えだが、ムカデはその百本の足を「どういう順番で動かすか？」などと考えて歩いてはいない。普通の人だって歩きながら友人とおしゃべりするのに「え～と、心臓を動かしながら呼吸もして、右足と左足を交互に出しつつ、動詞と名詞とを配分して文章を組み立てて、それを声帯を震わせて発音して…」などと考えてはいない。
そんなことを考え出したら一歩も歩けなくなってしまう。いや、それどころか呼吸すら出来なくなるかも知れない。それらが意識の下で、コンピュータで言う基本ＯＳ（オペレーティング・システム）に組み込まれていなければ、あらためて「考えて」随意筋として心臓や肺を動かし、「考えて」言語や作曲システムを稼働させるのは、人間の脳の処理速度では不可能だ。
だから、「なぜ（どうやって）作曲をするのか？」などという次元についてブツブツつぶやいている作曲家を私は信用しない。考えるべきは「何を」作曲するかであって、それ以外は考えようのないものだからだ。
そもそも心肺機能については神により遺伝子に組み込まれて人は生まれてくる。そして生まれてから後に習得すべき運動機能や言葉については幼児期に体得する。そして教育システムがその国独特の記憶や文法や作法を基本ＯＳに組み込んでゆく。
さらに個人個人が自分の意志で自己の技能を習得してゆく。例えば話し方、自動車におけるアクセルの踏み方、ピアノのキイの叩き方、包丁の扱い方、コンピュータの操作の仕方。そこにはきわめて合理的かつ論理的な思考がある。
これが学習あるいは鍛練と呼ばれるものだが、これは理論的なメカニズムでありながら言葉による思考とは連動せず、いわゆる「体でおぼえる」もの。言葉の上だけで学習して知った振りをしても現実には何の役にも立たない。そして逆に、体でおぼえたものを人に伝達しようとしても、言葉では不可能なことが多い。作曲も同じだ。
そんなわけで、作曲家に「どうやって曲を作るのですか？」と尋ねるのは、ほとんどムダである。それは女性に「どうやって子供を作るのですか？」と尋ねるのに似ている。
交響曲を９つ書いてる作曲家や９人子供を産んでる母親に質問しても、過程についての単なるエピソード以外の答えが返って来るわけがないし、もし「愛です。愛で作るのです」という観念的な答えが返ってきたとしても、「それはですね、精子と卵子が…」などときわめて即物的な答えが返ってきたとしても、それは「そう思っている」というだけにすぎず、第三者への回答としては無意味に近い。
ちなみに、作れなくて困っている相手に尋ねた場合、この質問は立派なセクシャル・ハラスメントになることも忘れてはならない。作曲家の場合はクリティカル・ハラスメント（略してクリハラ。愛称こまき）だ。
つまるところ、作曲家は「考えて」などいない。そうあるべき「音」を、そうあるべき「場所」に並べているだけなのだ（と言ったのはバッハだったっけ）。ただし、徹底的に苦しみながら、だが。だいたい、国語の答案じゃないのだから「こういうことを考えて書きました」などという言語に置き換え可能な思考で音楽をやっているわけがないではないか。若者よ。
「音楽」は、人間にとって言語より古い思考であり、言葉より深い文法だ。だからこそ、言語が発生する以前の人間の隠された古い記憶や習性が音楽には噴出する。
＊
◆交響曲第３番／サイバーバード：吉松隆作品集３（シャンドス／東京エムプラス）と言うわけで、１９９９の年の７の月に隠されていた己の習性を噴出させた新しい交響曲をこうして発表することが出来るのは実に感慨深い。（まさかこの交響曲が「恐怖の大王だった」なんてオチじゃないだろうな？）
にもかかわらず、全４楽章四十五分（！）のこの純器楽的な音響構造物には、言葉による思考はまったくないし、私としては珍しく今回は副題すら存在しない。「何が書きたかったのか？」「何が描かれているのか？」「何を考えて書いたのか？」。それらの答えはもちろんあるにはあるが、それは言葉では存在しえない。言葉で存在しえないからこそ交響曲なのだということになる。
その点、私は３作目にしてようやく〈交響曲〉を書いたという感慨に今うちふるえている。何の役にも立たず、何の意味も持たず、何の期待もされず、それでいて人間の精神と英知と努力とを最高度にまで収斂させ結集させた音響の大伽藍。それゆえに交響曲は「神殿」であると同時に「廃虚」でもある。
その神殿も、前作〈メモ・フローラ〉では〈世紀末叙情楽派〉として「アダージョ～ピアノ主義」に徹し、美と慈愛を回想する穏やかな作りだったが、今回は〈新世紀開き直り楽派〉として「アレグロ～フォルテ主義」に徹した破壊と再生へ向かって疾走する最強の構造を持っている。
と言うより、なんだか満月の夜に自分の獣性を解放させた「狼男」みたいな気分と言ったらいいだろうか。狼男はたぶん他者から見れば、ひたすら可愛くなく、恐ろしく勝手で、やりたい放題で、制御不能のどうしようもない存在に違いない。しかし、獣性の解放という点で、地上最強の「自由人」なのだ。（と解いたのは手塚治虫の「バンパイア」だったっけ）
それにしても全編アレグロ～フォルテの音楽を書いてオーケストラが爆発しそうな熱気で鳴るのを聴くのは本当に楽しい。サイバーバード協奏曲でソロを聴かせる須川展也氏は、まさに「発狂しそうな」ハイ・テンションの壮絶なソロでオーケストラを燃焼させるし、続く交響曲では藤岡幸夫氏が渾身のバトンさばきで重戦車のようなオーケストラを地響きあげて疾走させる。
狼男になって満月に咆哮しながら「いいなあ、こういう音楽を聴きたかったんだ！」と叫ぶのは、なんだか大人げない気がしないでもないが、まあいい。これこそが本来の「自己満足」。作った当人に百二十％の満足と自信がなければとてもお客様になどお聞かせできやせぬ。さあ、きみも恐怖の大王が落ちてくる前にこの音楽の烈しさに震撼せよ！
第68回「カナリアは歌の歌い方を思い出すか？」
一般の新聞やテレビまでが注目したクラシック関係の話題として、小澤征爾氏のウィーン国立歌劇場の音楽監督就任は久しぶりかつ掛け値なしの「ニュース」だった。
それでも、黒澤明や武満徹などの先達の例を思い起こすにつけ、日本というのは自国の生んだ才能について実に冷ややかだなあ、と改めて認識もさせられたのだが。
彼らは確かに「日本が生んだ才能」には違いないが、「日本が育てた才能」とは口が裂けても言えまい。その点は「冷ややか」と言うより、「育て方を知らない」と言ったほうが的確かも知れない。
「いや、獅子は我が子を千尋の谷の底へ投げ落とし、はい上がってきたものだけを跡継ぎにするわけよ」
「う～ん、ものは言いようだなあ。となると、日本の谷底には、投げ落とされたまま忘れられてる獅子の子がそれこそ山積みになっているんじゃないの？」
「そう。これが本当の獅子累々」
そんな獅子思想（？）があるせいか、欧米では当たり前の「文化を育成する」という土壌、日本ではほとんど根付いていない。才能のないものを保護する場は腐るほどあるのだが、才能のあるものを育成する場が見事に皆無。成る成らぬはすべて個人的努力というのが鉄則なのだ。
「でも、日本は昔からパトロン思考で能とか歌舞伎とか俳句とか茶道とか膨大な文化を育てて来たじゃない」
「そう。相撲にしても落語にしても邦楽にしても、日本は独自の文化を慈しみ育てる土壌として世界最高を誇っていたはず…なんだけどね」
それがいつ変わってしまったのか、と考えてみると、ここはやはり先の戦争での敗戦ということになりそうだ。（先の戦争ったって湾岸戦争でもベトナム戦争でも戊辰戦争でもないので念のため）
まあ確かに、帝都が焦土と化したあの大戦の終戦直後はさすがに文化どころじゃなかったのかも知れないが、空前の繁栄を誇ったバブル期にもソフトを育てそこなったのはいくら後悔してもしたりない痛恨事。たぶん、日本人は文化の育て方をすっかり忘れてしまったのだ。あの戦争に負けたことで。
実を言うと、あの戦争（大東亜戦争）、アジアの同胞たちを侵略している欧米列強国を排除して（現代ヨーロッパにおけるＥＵのような）「アジア人による共同連合（大東亜共栄圏）」を作ろうとしたのがそもそもの目的だったはず。（実は、私の先祖にあたる大国隆正という江戸時代の国学者がこの大東亜共栄圏思想の元ネタ提供者の一人であるらしい。御先祖様バンザイ！）
それが、いつのまにかすっかり「侵略」ということになった揚げ句、結局は戦争に負けて「ごめんなさい。とにかくすべて私どもが悪うございました」と誤らざるを得なくなってしまったのは御存知の通り。
「最近、そのあたりのことを見直す動きも出てきてるらしいけどね」
「もちろん戦争の否定は誠に結構なことなんだけど、何かを守ろうとし、何かを作ろうとした善意まで問答無用で悪意と査定されてしまったことで、日本は自己の理念というものを完膚なきまでに叩き潰されてしまった。こりゃあトラウマ（心の傷）になるわな」
かくして、敗戦後、去勢され封印された日本に大義や理念はなくなってしまい、軍国主義のチープな反動でしかない底の浅い民主主義や個人主義だけを頼りに二十世紀後半を生き抜かざるを得なくなった。
これでは文化を育てるも何もない。自国の旧文化を全否定し、それに代わる主義も思想もないままでガムシャラに突き進み、なんとか「経済大国」「技術大国」にのし上がったものの、結局やったことと言ったら、金にまかせて外面だけを粉飾し、外来の文化を「買いあさった」ことだけ。
いや、それもまあ、まず外堀を埋めてハードを確立してから次にゆっくり中身のソフトを、という順序だと思えば思えないこともない。しかし、さて、と思った所でバブルがはじけて失速。気が付いたら文化の育成どころか次世代の教育にすら失敗していて、まともな感性を持つものなら「日本」とか「文化」と聞いただけで虫酸が走ってしまうという偽悪社会の一丁上がり。
「で、今度は、二十一世紀は文化と心の時代だ、なんてつぶやき始めてますね」
「ただ、理念もなし金もなしで育てられるほど文化も心も甘くないよ。問題は日本を貫く思想がないことだと、若い世代はとっくに気付いているし」
でも、それが出来ない日本に未来などありはしない。さて、歌を忘れたカナリアはいつ歌の歌い方を思い出すのだろう？
＊
◆田部京子／シューベルト：ピアノ・ソナタ第十八番ほか（デンオン）
そんな二十世紀日本に生まれた一人の女性がシューベルトの白濁した虚無を紡ぐ奇跡に、私は感心している。田部さんは個人的にも知己があるピアニストなのだが、ごく普通のスタンスで現代を生きている若い女性に、百七十年も前にウィーンで生を終えた男の心の深淵がピアノを通じて蘇るのはなぜだろう？
そもそも音楽家というのはすべからく自己主張の塊のような自我を持っているものだが、彼女は透明な鏡のような水面に、ただあるがままに音楽を映す。それだけで何もしていないかのような透明感。だからこそ、そこに百七十年前の孤独な魂が映る。
男には出来そうにないこの不思議な時空の認識法は、知性と感性が分離せずに融けあった宇宙でこそありえるのだろう。女性には魂と宇宙の共振が可能な「巫女」が宿っているのかも知れない、とふと思う。
◆荒井英治「ザ・ソロ・ヴァイオリン」（ナミ・レコード）
一方、前衛音楽もロックもタンゴも「自分たちの時代の音楽」として育った二十世紀の男の子としては、そんな世界を乱反射させることこそ自己表現。現代におけるヴァイオリンの達人である荒井英治氏は、二十世紀の大ヴァイオリニストであるメニューインに献呈されたバルトークとヘンツェ作品を核にして、ペンデレツキ、シュトックハウゼンからピアソラまでの無伴奏ヴァイオリン曲を弾ききることで、現代と自分とを音楽に投影する。
現代音楽の難解さも、たぶん次の世代の若者たちにとってはちょっとしたハードルのようなものでしかなくなるのだろう。スポーツ感覚でひょいと飛び越せば、その向こうにはスリルに満ちた新しい音世界が広がる。そんな二十一世紀の夢の予感がここには、ある。
第69回：音楽評論家「困ったちゃん」症例
昨年夏ごろ某新聞に「音楽評論家」を徹底的に茶化すエッセイを書いたら、演奏家たちから「読みましたよ、あの記事！」とか「よく書いてくれました！」とあんまり言われるのでちょっと驚いてしまった。
なるほど、音楽家としては「いい批評」を書いてもらわなければならないから評論家を批判したり彼らとケンカしたりするわけにはいかないが、実はかなり苦言を秘めているのだなあと再認識させられた次第。「いつもお世話になっています」とにこやかに応対はしていても、その笑顔の裏で歯ぎしりしている音楽家たちのなんと多いことか。評論家さんたち、月夜の晩だけじゃありませんことよ。
と言うわけで、同じ音楽に関わっているもの同志、作曲家も演奏家も自己の「芸」を公にして批評を受けているわけだから、評論家・批評家諸氏もマナ板の上に乗ってもらいましょう。というわけで今回は音楽評論家「困ったちゃん」症例である。
＊
１.無知評（ものを知らない批評）。
まず筆頭は物を知らない批評。楽譜も読めなければ楽器も弾けないが文章だけ達者というのが音楽評論家である、と断言するのは差し控えるが（言ってるじゃないですか！）、無知を糊塗するために逆に作風がどうの演奏スタイルがどうのタッチがどうのと細部を突きたがるのがいる。これが無知評。これも卓越した批評耳のある人物にかかると「知らないからこその的確な批評」になりうるのだが、耳のない評論家が同じことをやってもまったく「素人の大ボケ」にしかならない。これは勉強あるのみ。博学と浅学とは一字違いだが月とスッポン。うかつに真似するべからず。
２.無銘評（立場の不明な批評）。
「誰」が「どういう立場」から「どういう視点」で書いているかが曖昧なものは、匿名の落書きと同じでまったく批評として機能しない。「二流」とコキ降ろすのも「凡演」と決めつけるのもそれはそれで自由なのだが、そこに「銘」がなければトイレの落書きと同じ。子供が「おまえのカアちゃんデベソ」と言うのと、医師が「あなたの母上は椎間板ヘルニアの疑いがある」と言うのとでは、同じ内容で天地の差があるのだ。音楽家は自身の「名」を賭けて「芸」を存在させているのだから、批評側も自身の「名」を賭けて評すべし。それが出来ないならどこかのトイレに落書きするだけで我慢しなさい。
３.無考評（ただの感想文）。
音楽雑誌の音楽会評やＣＤ評というのは実は「批評」ではなく、「こういう音楽会（ＣＤ）が存在します（しました）」という確認記録。当然ながら量をこなす必要があるため、「ちょっと音楽好きで文章が書ける」ということから動員された「にわか批評家」が、勘違いしたまままるで初めてクラシックを聴いた中学生の感想文みたいな文章をまき散らすことになる。それはそれで初々しくていいのだが、こういうのに限って「タッチの乱れが気になった」とか「いまいち説得力に欠ける演奏だった」などと偉そうなことを言った揚げ句「一層の精進を期待したい」などと書いたりするのだなあ。か、可愛い！
４.凝固評（頭の固まってしまっている評）。
逆に、プロ意識があるゆえに旧態依然たる固定観念でしか批評できなくなる時代錯誤評は、けっこう「権威」として蔓延している。ドイツ音楽はこう、現代音楽はこう、日本の音楽家はこう、という固定観念に何十年も固執したまま時代の変化にまったく付いて来られない旧世代が、長年やっているからというだけの理由で権威の中枢に居座っているとこうなる。もっとも、クラシックというのは新しい変化にすぐ対応しないからこそ「クラシック」なので、このテの評も全面的に否定は出来ないと言えば言えるのだが...。
５.深読評。（あることないこと深読みする批評）
一方、善意なのか何なのか当の音楽家が考えもしなかったことを延々と考察する批評もある。譜めくりの都合でちょっとテンポを動かしたのを「憎いほど計算された構成感である」と読んでくれたり、新作の音型や雰囲気で何かを連想して「ＸＸの影響がある」とか「引用だ」とか思い込んでくれる。有り難いといえば有り難いが、空に浮かぶ雲を見て「見事なソナタ形式である」とか「右角に牛の影響がある」と言っているのと同じで、評された当の本人は苦笑していることが多い。このテの深読みは当人が死んでからに限りますな。
６.鬱積評（ボヤき批評）。
まずいことに素人批評家ほど音楽家より視点を上に保とうとする。これは、サラリーマンが野球を見ながら「ナガシマもあんな采配じゃだめだよ」とか「マツイも最近フォームが崩れてきたよなあ、あれじゃ打てないよ」などと吐くのに似ている。どうせどこかで聞いたことの受け売りなのだが、人に「ダメ」と言われている人間ほど他人に「ダメ」を出すのは快感なのに違いない。ゆえに、このテのボヤき批評は書いた当人の鬱積したストレスと劣等感が垣間見られるので、面白うてちょっぴり悲しくもある。
７.中傷評（ケナし批評）。
この鬱積評のさらに進んだのが中傷評。中途半端なインテリに限って、とにかく自己の優位を脅かされたくないという強迫観念があるのらしい。例えば、ガールフレンドが映画の美男俳優を「ステキね！」と言ったりしようもなら、必ず「ふん、あんなの！」と吐いて捨てるように言ってから何かの形で中傷を始めるわけだ。ストーカー一歩手前のこのタイプ、まともな批評の世界ではもちろん生息できないが、最近インターネットなどで増殖しつつある。ね、キミ、音楽を聴くより、お医者さんに行こうね。
＊
◆ショパニアーナ／福田進一（デンオン）
奇才福田進一による、ショパンのピアノ曲をギターで弾くという反則技の一枚。この絶妙のエロスを「これはショパンじゃない！」と評して、それに何の意味がある？
◆カーニス／ラメント＆プレイヤー（アーゴ）
こちらは若手の奇才アーロン・ジェイ・カーニスによる何でもありのオーケストラ作品集。「こんなのは現代音楽じゃない！」と評して、それからどうする？
＊
◎読者投票のお知らせ：前記の７つの項目に当てはまる評論家を「Ａ野Ｂ夫、３に７ポイント」と十点満点で明記の上、「音楽現代編集部：音楽評論家困ったちゃん読者アンケート」宛にご投票下さい。（そ、そんな恐ろしいこと、やめて下さい！：編集部）
第70回「録音現場の怪談たち」
最近の国内盤クラシックのＣＤは、地方のホールでの録音が多くなった。
都内のホールでは日程（混んでいるので、アルバム一枚分録るために連続３日ほど借りるというような借り方が難しい）や音響（都会はやはり車の音などの騒音から逃れられない）などの問題があるからだが、地方にいいホールが増えて来ているせいも大きい。
だいたい東京から電車で２・３時間圏内。そこで一枚のアルバムを録音する２・３日の間、演奏家はスタッフともども近くのホテルや旅館に泊まり込んで、合宿しながらの録音ということになるわけである。
そんな時、割り当てられた部屋に入ると必ず壁に掛かっている絵や掛け軸をぜんぶ裏返してみるスタッフがいる。「どうして？」と聞くと、「出る部屋には、必ずこういう所の裏側におフダが貼ってあるんですよ」「出るって、何が？」「もちろん幽の字ですよ」
という話からスタッフと怪談話になった。
＊
録音ディレクターＡ氏の話。
もうかれこれ八年ほど前の話になりますかね。仕事で小さな地方都市のとある古い旅館に泊まった時、寝苦しくて夜中に目が覚めたんです。そしたら、部屋の隅に白い服を着た女がボーッと座っているんですよ。長い黒髪が床まで垂れていて、しかも壁の方を向いているんで顔は見えない。
ところが、私が驚いて声も出せずにいると、私が起きた気配を察してかその女がゆっくりゆっくりと顔を振り向き始めたんですよ。ゆっくりゆっくり、まるでスローモーションです。うわ、これはこの世のものではない！と思った私は、蒲団をかぶり、ガタガタ震えていました。
で、しばらくしてから恐る恐る顔を出すと、もういない。その後一睡も出来ず、朝明るくなってから、部屋に吊るしてある掛け軸の裏を調べてみたら、ありましたよ。魔よけのお札。
以来、必ず調べることにしています。
＊
マネージャーのＢ女史の話。
私が「それ」を見たのは、いわくあり気な古い旅館なんかじゃなくてけっこう小奇麗な新しいリゾート・ホテルでした。
その日、スタッフの中で女性は私一人だったので夜はツインの部屋に一人でした。部屋は広いしきれいだったんですが、ただ一箇所、クローゼットの扉だけ立て付けが悪いのかピッタリ閉まらずにすき間が、こう、ほんの１センチほど出来るんです。
で、夜、明かりを消してベッドで寝ていると、そのすき間の向こうに誰かがいる気配がするんです。でも、もちろん狭いクローゼットなんですから誰かが紛れ込むなんてこと、出来っこありませんよね。
ところが、目を凝らしてみると、そのすき間の暗やみの奥から誰かがじっと見ていて、その「目」が見えるんです。しかも、ベッドで寝ている私と目が合ってしまったんです。
私、あわてて部屋中の明かり付けて、テレビも付けて、それからクローゼットの扉、恐る恐る開けてみました。もちろん誰もいません。いるわけありません。
それ以来、泊まった部屋の扉にすき間がある時は、洋服を掛けたりタオルで目張りしたりして全部ふさぎます。それに夜はかならず部屋中の明かりつけて寝ることにしてます。
あの「目」、子供の目みたいでした。
＊
ミキサーのＣ氏の話。
子供といえば、ほら、Ｐ市に新しく出来たホールがあるでしょ。あそこで録音セッションした時のことですけどね。
出演者が来る前の誰もいないホールで一人マイクのセッティングして、ミキサー・ルームでホールの残響とか空調のノイズとかチェックしていると、モニターにかすかに人の声みたいなものが入るんですよ。
なんだろう？と思ってモニター・スピーカーに耳を澄まして、それからボリューム上げてヘッドホンで聴いてみると…どうやら子供の声みたいなんですよ。なにやら遊んでいるのかふざけあっているような声で…。
最初は、近くに学校でもあるのかと思いました。でも、あたりには学校も公園もないし、子供の姿もない。ホールの中に子供が紛れ込んだのかと警備員さんに聞いても、そんなことはないと言うし、そもそもちゃんと防音してある音楽ホールなんですから、ホールの外のそれも子供の声なんかが漏れ聞こえる訳がないんですよね。
その後、出演者が来て録音セッションが始まりまして、すっかり子供の声のことは忘れていたんですが、東京に帰ってから編集のためにテープを聞き直した時ゾッとしました。
入ってるんですよ。マスター・テープに子供の声が！
後で聞いた話ですが、そのホールは古い用水池を埋め立てたところに建てられていて、そこは子供が何人も溺れて死んでいるいわく付きの池だったらしいです。
＊
最後にプロデューサーＣ氏の話。
数年前のことですが、外国のオーケストラの録音でヨーロッパに行った時、古い城を改造したホテルに泊まったんです。
部屋は広くて豪勢なんですが、暗くなると外は真っ暗で明かり一つ見えませんし、室内はなんかろうそくの明かりがゆらゆら揺れるだけみたいな薄暗い照明で、ムードがあるっていうより何か不気味でしたしね。
しらふだと怖いんでワインをしこたま飲んですっかり酔ってから大きなベッドに横になったんですが、その夜、夜中の二時頃でしょうかね、顔のすぐ近くに妙な気配を感じて、私、目を覚ましたんです。
すると、白い服を着た髪のバサバサの女が私のベッドの横に立っていて、じっと私を見下ろしているじゃありませんか。あんなに驚いたことはありません。
私はギャッ！と叫んでベッドから転げ落ちました。すると、女は口を開きました。
「あなたァ、怖いからトイレ一緒に行ってくれない？」
そうです。私は女房と一緒に来ていたのでした。
＊
というような話を聴きながらのＣＤは、現代物に限る。今回のＢＧＭは神秘派の雄タヴナーとペルトのこの新譜２枚で。
◆ジョン・タヴナー「永遠の曙」（ハルモニア・ムンディ）
◆ペルト「タブラ・ラサほか」（グラモフォン）
（編集部：こんなの、ありですかァ？）
第71回「踏み外してこそ浮かぶ瀬もあれ音の道」
先月、シャンドスでの４枚目のアルバム録音のためイギリスへ行った。
その時、行きの飛行機で隣の座席に座っていたのが若いイギリス人の男。シャンパンをカパカパ飲みながら自前のウォークマンでシャカシャカとテクノばっかり聴いている。
そのうちカタコトの日本語で話しかけてきたのだが、日本で英語の講師のアルバイトをやっていて、日本人の嫁さんとイギリスに帰るところだと言う。
「実ハ私、一九七○年十一月二十五日生マレナノデス」と彼は言う。それがどうしたのかと聞くと、「コレ、三島由紀夫ガ割腹自殺シタ日デスネ」。
なるほど、思い出した。私はそのころ高校生で、音楽の授業の時に音楽室にはいってきた先生がいきなり三島の話を始めたのだっけ。どうしたのかと思ったら「今、職員室のテレビでニュースを見ていたら、三島由紀夫が自衛隊の市谷駐屯地に乗り込んで、割腹自殺したそうだ」と言う。特に三島文学に興味のなかった私にもかなりショッキングな事件として記憶されている、昭和の不思議な大ニュースのひとつだ。
くだんの彼は、後になって映画「ミシマ」を見て三島由紀夫なる人物のことを知り、偶然にも自分の誕生日がミシマの割腹の日であることを知ったと言う。そのことから三島文学に興味を持ち、ついで日本文化そのものに興味をもって、遂に日本に行くことになったのだとか。
おまけに、映画「ミシマ」のフィリップ・グラスの音楽から、ミニマルやテクノ音楽にはまり、日本のＣＤショップでテクノばかり買い漁って、今ではウォークマンが耳から放せないほどすっかりテクノ漬け状態らしい。
そのくせ「じゃあ当然イエロー・マジック・オーケストラは知ってるよね？」と聞くと、「知リマセン。デモ、面白イねーみんぐデスネ」と言う。おまけに、タンジェリン・ドリームもデーヴォもクラフトワークも知らない。
そこで、「これは、みんなテクノの古典。テクノ・マニアを自称するなら知らなきゃ嘘でしょ」と挑発すると、「アナタ、ヨク御存知デスネ～！」と感心した様子。そう言えば、私って変なことを知っているのだなあ。（変なコトしか知らない…という噂も？）
それはともかく、彼の半生を聞いて、「人間、どんなきっかけでどうなるか分からないものだなあ」…と実はひさしぶりに感心したのだった。
かく言う私だって、中学生までは音楽をやるなんてまったく考えてもいなかったし、つい数年前まではイギリスで仕事するなんて思ってもいなかった。十代までは、せいぜい曽祖父の後を次いで医者になるのかなあ、というくらいの未来観だったから、突然作曲をやろうなんて思いつかなければ、医者でないにしても何かの研究者かエンジニアあたりになっていたに違いない。
あるいは道を踏み外すにしても、子供の頃から音楽なんかより絵や文章の方にはるかに興味があったから、今ごろはホラー小説かギャグマンガなんか書いて売れっ子になっていたかも知れない。
そう言えば、イギリスでの録音における強力な相棒の指揮者フジオカ氏だって、どこでどう間違って（？）音楽を始めてしまったのか知らないが、彼の性格なら普通に大学を出ていれば、どこかの会社の営業マンかセールスマンか、あるいはサーファー・ショップかホスト・クラブ（？）あたりの店長にでもなっていたはずだ。
それが二人して、どこをどう道を踏み外したものか、イギリスのオーケストラ使って交響曲なんか録音しているのだから、人生分からない。（そうそう、今回の録音は、最初の交響曲である〈カムイチカプ交響曲〉と〈鳥と虹によせる雅歌〉というオーケストラ曲２曲。来年春頃発売予定です）
むしろ最近は、「子供の頃から指揮者になりたくて」とか「子供の頃からピアノが好きで」とか言う真面目な人が多くて、「道踏み外し組」としては心細い。やっぱり音楽などというものは、小さい頃から真っ当にそれだけを目指してやるなどというものではなく、変な星に導かれて、道を踏み外してやるものじゃないのかなあ。
おかげでこの指揮者と作曲家、イギリスで音楽について論ずるにしても学生の頃聞いていたロックやポップス（アース・ウィンド＆ファイアとか一○ｃｃとか）の話ばかりだし、今回録音が終わっての打ち上げはホーム・ビデオで「ガメラ３」（前半で渋谷駅をガメラが壊すシーンのリアリティが凄い。必見！）を見て盛り上がっていたほどだし。
ちなみに、私はゴジラ（昭和二十九年生まれ）と一つ違いなので、ガメラよりゴジラ派なのだが、最近はガメラの新シリーズの方に軍配を上げる。…って関係ないか。
おまけに無事録音が終わって帰国し、「日本の音楽界で何か変わったことあった？」と某氏に聞いたら、「うん、モーニング娘が８人になった」と言われるし。
はは、友人は選ばねば…。
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◆ヨーヨー・マ／コダーイ：無伴奏チェロ・ソナタ（ソニー）
ところで、イギリスでそのうちチェロ協奏曲を書かなければならない事になっているらしく、最近随分チェロを聴いている。で、改めて「マ」の新譜を聴いてみたわけなのだが、それにしてもこの人、うまい。
ハンガリーのコダーイ、中国のシェン、中国や日本での教育活動で有名なロシアの作曲家チェレプニンなどを並べて、アジアからオリエントあたりまで視野に入れた「自分のルーツ探し」風コンセプト（そう言えばクレーメルもそんなことを始めていたっけ）のシリーズ第一弾とかで、今後の展開も楽しみ。
◆ベリオ：セクエンツァ／アンサンブル・アンテルコンタンポラン（グラモフォン）
もう一組は、イタリアの現代作曲家ルチアノ・ベリオの名作「セクエンツァ」シリーズ全曲を集めた３枚組のアルバム。一九五八年作のフルートのための第一番から一九九五年作のアコーデオンのための第十三番までのこの連作は、弦楽器・木管楽器・金管楽器からピアノやギターや女声などのために書かれたいずれも無伴奏ソロの小品で、それぞれの楽器の名人技と現代奏法を羅列した言わば「特殊奏法のカタログ」。
この奇病の症例を網羅した医学書のような知的で錯乱した響きを聴いていると、道を踏み外して現代音楽を聴き漁っていた若いころのノスタルジイがよみがえる。うーん、懐かしい。…けど恥ずかしい。
第72回：世紀末の賞味期限（最終回）
６年ほど前に始まったこの連載、タイトルに「世紀末」と掲げたはいいが、気が付くと一九九九年も最後の月。賞味期限切れである。時の流れは早いものだ。
実を言うと、この「世紀末」という言葉と遊び始めたのは今を去ること十五年前の一九八四年。友人の作曲家である西村朗と二人で「世紀末音楽研究所」なるものをデッチ上げたのに端を発している。
もちろん、これは一九六十年代における日本現代音楽界の梁山泊と言うべき某「二十世紀音楽研究所」のパロディ。ただし、「二十世紀」が「現代音楽」を生んだのなら、それから脱皮した新しい時代の音楽は「世紀末」からこそ生まれる、というけっこう真面目な理念もあったのだが。
ちなみにこの研究所、某財閥を黒幕にして現代音楽界転覆を企てる秘密組織だとか、宗教法人を狙って目黒近辺に音楽ホール付きの巨大な神殿を建設中とかいう噂まで乱れ飛び、海外に行ってプロフィールに「世紀末音楽研究所」と書くと（そのころはまだ日本経済も羽振りが良かったので）、誰も冗談とは思わず、所員と事務員が何十人かいてビルの一つも持っているような立派な組織を想像するみたいで面白かった。（おっと、面白がっちゃいけないか…）
もっとも、その実態は所員二人だけの幽霊組織。活動と言ったら「研修」と称して車で温泉に行ったくらい。そうそう、あの時は西村夫妻と私とネコ（所長の愛猫パブロくん）だけというメンツで出かけたのに、予約した旅館の玄関に大きく「歓迎！世紀末音楽研究所御一行様」と書かれていてすごく恥ずかしかったっけ。
それでもその頃はまだ「世紀末」などという言葉は巷に影もなく、結構先駆的ではあったのだ。しかし、デーモン小暮ひきいる「聖飢魔Ⅱ」（こう書いて「せいきまつ」と読む。念のため）なるロック・バンドが登場した途端、一瞬にしてギャグになってしまったのは困ったものだった。（おかげで所員がみんな、「フツウの作曲家になりたい！」と行って逃げてしまった）
それでも、この研究所が誕生した一九八四年あたりを境に、音楽界が大きく変貌したのは確か。なにしろ、ＬＰからＣＤへ、アナログからデジタルへ、とメディアがシフトする空前の地殻大変動が起こった時期でもあるのだから。
その中でも、「環境音楽」とか「ニュー・エイジ・ミュージック」とか呼ばれて隅っこでイジイジ鳴っていただけのジャンル不明の素人臭い単調な調性音楽が、ＣＤという新しい音楽メディアの登場と共に異常なほどの繁殖を始めて巨大な一ジャンルを築いたのは特筆すべき事件。そして、ほぼ同時期に、無調に汚染され尽くされていた現代音楽界の中からも調性によって書かれた新作というのが生まれるようになった。音楽は「聴かれ方」の革命を迎えたのである。
ただ問題は、未来の音楽をその鋭利な知性で開拓していたはずの「現代音楽界」が、この動きを単なる「反動」とか「退嬰」としか認識できなかった点。
おかげでその後、グレゴリオ聖歌やアダージョ・カラヤンなどのＣＤが「ヒーリング・ミュージック」としてもてはやされたのも理解不能なら、九十年代にピアソラのタンゴがクラシック界を席巻するに至って、とうとう「私はだれ？ここはどこ？」の世界に陥ってしまった。
確かに、ＣＤやインターネットというメディアも加わってほとんどスクランブル状態になってしまっている現代の音楽界、作曲家や音楽評論家程度の知性では把握できなくなっているのだろうなあ。（はっきり言って私にも理解できません）
でも、ひとつ利口にはなったはずだ。つまり、最新のニュースを載せた「新聞」も次の日になれば「古新聞紙」。「新しい」を標榜するものほど時代から取り残されるのが早いのだ、ということだけは。（それにつけても心配なのは、最新のファッションと称して安物のビニール人形みたいな妙なカッコしている若者たち。十年もして自分の昔の写真見たら、首を吊りたくなるんじゃないかな…）
というわけで、二十世紀の音楽界に多大な迷惑をかけただけに終わった現代音楽もその賞味期間を終え、問題は「二十一世紀にクラシック系音楽はどう生き残るか？」そして、「生き残る価値があるのか？」ということにシフトする。
ただ、個人的には、意外としぶとく生き残るんじゃないかと思っている。百年を生き残ってきた音楽は何かのきっかけでリバイバルするものだ。冬になって枯れたように見えた樹が、春になるとまた新しく花を咲かせるようにね
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◆残光…西村朗ヴァイオリン協奏曲第１番／ガヴリロフ（カメラータ・トウキョウ）
それにしても、最近の子供たちに未来はどう見えているのだろう？ 核戦争や環境破壊による終末のシナリオはマンネリだし、一九九九年の七の月は外してしまったし、「墜落すると思ったら結局しなくて、このまま低空飛行でズルズルと行けるところまで行くのかなあ」と言ったところなんだろうか？
しかし、そんな白濁した世界に、西村朗は強い悲のエネルギーを発散させて、美しくも不思議な終末感覚を突き立てる。このヴァイオリンとオーケストラの組み合わせによる作品を三曲集めたアルバムでも、闇を切り裂いてゆく「光」を感じさせる強靱な宇宙をひたひたと広げてゆく。その深淵をのぞきこむような怖さと、高純度な音が持つ美しさ…。
◆ベートーヴェン交響曲第９番／ヘルヴェッヘ（ハルモニア・ムンディ）
そう言えば、少し前に一世を風靡したアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」でも、人類が補完されて新しい世界になる終末は不思議なまでの「光」に満ちていたっけ。
この作品、後半でベートーヴェンの第９が延々鳴り渡るのが印象的なのだが、こういうＳＦ的宇宙の中で「兄弟たちよ、星空の彼方には父なる神がいるのだ！」とか「全世界の人々よ、抱きあって兄弟となれ！」という一節が聞こえてくると、ちょっと怖い。
文字通り星空の彼方から円盤飛ばして攻めてくる父なる宇宙人や、全世界の人々すべてがドロドロに溶けてひとつの生命体になる悪夢が見えてくるからだろうか。（第９を聴いて、そんな空想するやつはいないか…？）
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さて、「新」の誕生は「旧」の死を意味するのか。それとも「旧」をすべて融合してこそ「新」となるのか。二十一世紀における人類の解答を待とう。